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生涯旅人、賀曽利隆の旅日記 60代編

アドレス日本一周 west[128]

投稿日:2013年4月8日

琉球王朝の都

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 アドレスを走らせ、那覇から琉球王朝の都の首里へ。
 高台にある復元された首里城を歩く。
 守礼門から歓会門、瑞泉門、漏刻門、広福門と、5つの門をくぐり抜け、中庭の「下之御庭」に出る。そこでは琉球の古典音楽の演奏と古典舞踊をやっていた。
 入場券(800円)を買い、奉神門を通って「御庭」に入る。正面に正殿、右手に南殿、左手に北殿。首里城は日本の城というよりも、朝鮮半島や中国の城に近いものだ。
 首里城は資料館にもなっているが、そこに展示されている14世紀から16世紀にかけての「大交易時代図」には目を奪われた。
 琉球から福州経由で北京までは太い交易ルートができていた。那覇から福州というのは、東シナ海をまたいで一直線に結ばれていた。その距離は那覇から鹿児島に行くのとそれほど変わらない。
 中国からの使者、冊封使の行列の模型を見ていると、琉球と中国との結びつきの強さを思い知らされる。琉球王朝の歴代の王たちの装束も中国風だ。
 琉球の交易圏の南といえば、スマトラ島やジャワ島まで延びていた。琉球人は自由自在に船を操って海を越え、中国や朝鮮のみならず、アジアの各地と盛んに交易していた。
 琉球王国はまさに海洋国家だった。
 首里城の庭園を見ながらお茶(300円)にする。
「さんぴん茶」を飲みながら、4種の琉球菓子を食べる。その中には、よく知られている「ちんすこう」があった。琉球菓子には全部で160種もの種類があるという。
 首里城の見学を終えると、城の周辺の園比屋武御嶽石門、王陵の玉陵(たまうどん)、琉球王家別邸の識名園と見てまわり、金城町の石畳道を歩いた。
 首里は第一尚氏の祖、尚巴志以降、約500年の琉球王朝の都として栄えた。琉球の政治、文化の中心地だった。それに対して那覇は首里王府の貿易港でしかなかったが、今では立場が逆転し、首里は那覇の一地区になっている。

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首里城の守礼門
首里城の歓会門


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首里城の正殿
琉球王の玉座


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首里城正殿での儀礼の模型
首里城の庭園


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さんぴん茶と琉球菓子
首里城売店の琉球漆器


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